【第17回】 朧会議 (その1) [第2部]
影、つどう 〈第17回》
-朧 (おぼろ) 会議(その1)-
――何してるの? あの人ったら。
二本柳螢は眉をひそめた。
ステージを挟んだ下手側の箱形階段に、一年の副部長下斗米悦史と並んで火野卓也が座っている。
火野は奇妙な行動を取っていた。
ふざけているのだろうか?
神経質な動作で、がっくり落とした首をきょろきょろ見回し異様に激しい瞬きを繰り返す。しかも気のせいだろうか、左右の瞼が全く別々に開閉している。
持ち前の物好きぶりを発揮して、何か妙な一発芸でも身につけたのだろうか? あれは、そう。多分あれだ。大分前にタモリがテレビでやっていた、阿呆らしいイグアナの真似だ。
それにしても、隣で呆れている下斗米の当惑した表情は何だろう。到底冗談ごととは思えない表情だ。無理もない。火野の動作はあまりに真に迫り、どこか人間には不可能な筋肉の動かし方をしているようだ。
そう言えば、てんかんを起こした人、と言うのは、えてして眼球があんな風に動くのではなかったか?
――知るもんですか!
螢は決然と火野に向かって歩き出した。その肩をぽん、と誰かが叩いた。
振り向くと、安西曜子だった。
螢の耳許に口を寄せて、曜子は二言三言囁いた。周りがうるさすぎて何を言っているのかよく分からない。曖昧な表情で頷くと、曜子は下卑た大声で笑い、そのまま二階へ続く階段へ走り去った。 螢は乱暴な足取りでホールを横切った。
「先輩。火野先輩?」
金縛りが解けたように、体がびくん、と跳ね上がった。
毛穴、と言う毛穴からどっ、と冷たい汗が噴き出してくる。まるで全身が失禁したようだ。
焦点が合うと、目の前に二本柳螢のすらりとした姿があった。
――なんだ? 何があったんだ?
卓也はのろのろと立ち上がりかけ、やにわに愕然とした。
記憶のある部分が完全に抜け落ちている。
数秒の時間が経過した感覚だけは途切れずに残っていた。しかし大量に印刷された書類に一枚だけ白紙が紛れ込んだように、その数秒間は完全な空白だった。
動悸が激しさを増し、血液の巡りがついて行かなくなる。貧血に似た目眩が襲ってきた。
「大丈夫ですか? 先輩」
下斗米が不安げに顔を覗き込んでいた。
何も目にしなかったような声で、螢は頭上から卓也に言った。
「火野さん。今、お手隙ですよね」
硬直した卓也の心に、螢の声はひどく遠く響いた。
「話し合いたいことがあります。下斗米くん、あんたも来て」
随分長い間、螢は辛抱強くそこに立っていたようだった。天井から降り注ぐ太陽の光に似せた合成光が、銀の眼鏡に反射して卓也の目を射た。
いつになく穏やかな螢の態度が卓也に落ち着きを取り戻させ、そして同時に新たな動揺をもたらした。
やっと自分に返ると同時に、事の重大さが次第に分かって来た。
かげにひなたに様々な衝突を繰り返した挙げ句、螢を筆頭と仰ぐ女子部員たちは今や、その大半が卓也の潜在的な敵に回っている。安川一子とただ二人の三年生で、昨年は副部長も務めた卓也だったが、部の運営に関しては大概蚊帳の外に置かれていた。今では任期も終わり、肩書きだけの役職さえない。 なのにこの期に及び、会合へ出ろと螢は言う。しかも出向いてきたのは螢本人だ。
どうやら本式の会議ではないらしい。とすれば考えられる理由はたった一つ。
久方ぶりに俺の吊し上げだ。
昨夜のリターン・マッチだ。
ほかにどんな理由がある?――
体育館を取り巻く闇のどこかで、雉が一羽、狂った様に鳴いていた。
どこかで雉が鳴いていた。
激しく羽激く気配すらある。
もうそんな季節でさえないというのに。
卵を狙う狐もイタチもとうの昔に姿を消し、そのように鳴き騒ぐ一体いかなる理由があると言うのだろう?
警告なのか。
何の。そして何者のための。
演劇部に限って言うなら、前夜襲った地震の被害は甚大だった。完成直前だった書き割りにポスター・カラーがこぼれ、一枚が台無しになった。
それと、慌てて走り出した衣装係の小池ゆかが踏み割った、人形と呼ばれる書き割りの支えが一体。 ゆかはこれに足を取られて転倒し、膝頭を擦りむいた。人的被害はそれだけだった。
しかし坂越の市内では玄関先で足首を捻挫した老婆が唯一の負傷者に数えられたのだから、ゆかの負傷が報道されなかったのは各新聞社の怠慢と言うべきだろう。
しかし、結局前夜の地震で一番損をしたのは、書き割りと人形の制作者である 大工コンビ――大道具係の工藤哲也と大友兵衛だった。
やっと新しい書き割りに下絵を描き直し、一端書き割りをどかして人形の修理に取りかかったばかりの工藤の所に、二本柳螢がやって来た。後にはなんと仏頂面の火野卓也がいる。
工藤は内心げっそりした。この二人が仲良く連れ立って来ること自体が、既に尋常ではない。なんにせよ、また何かろくでもない事態が起こったのだ。
6時を大分回り、練習は終了に近付いていた。トタン屋根を時折叩いていた雨音はいつしか間遠くなり、まどろみ始めた夜気には静かに鉄の錆びて行く匂いが沈殿していた。ギャラリーの上ではどんぐり眼 (まなこ) に眼鏡の藤原綾緒が『機動戦士ガンダム』の再放送を見逃した、と大騒ぎしている。
「哲っちゃん兵衛は? こっちに来てたみたいだけど」
「忘れ物ば取りに、教室さ行ってら」
惚れた女と並んで座り、こんな雨音をいつまでも黙って聞いているのもいい、などと柄にもなく空想していた工藤は、現実に引き戻されてぶっきらぼうに答えた。
「ちょっと! どうやって校舎入るのよ。もう鍵閉まってるでしょ」
「おめの教室、窓の鍵壊れでらえんちぇ」
「1組の窓って、‥‥‥何? 雨樋かなんかよじ登って二階へ上がるわけ?」
螢は目をつぶり、こめかみを揉んだ。 そう。よく分かっているのだ。進藤にせよ火野にせよ、無論大友にせよ、およそ男の子、と言う生きものは決して人間の部類に数えてはならないことぐらい。
「哲っちゃん。話があるの。今、手空く?」
工藤はむっつりと頷いて、教室棟側のギャラリーに首を向けて怒鳴った。
「こらササキン! 遊んでねえでいい加減こっちさ来 (こ)!」
「なあに? 大統領 さん」
巻き上げ式になっているバスケット・ボール用ゴールネットの側から、眼鏡をかけた小柄な少年が顔を出した。先ほど脇役をつとめていた佐々木勤だ。
「何よ。そのダイトウリョウ、づうのは!」
「大工の棟梁で 大棟梁 」
よっ、大統領! と森美江がステージから手でメガホンを作って茶々を入れた。衣装係の片割れ大竹よつ子と、いつの間にか舞台に戻っていた落ち着きのない藤原綾織が、顔を俯けてげらげら笑った。女どもには構わず、工藤は険悪な目でギャラリーの佐々木に三寸釘を投げつけた。
「なめだ口叩いでねえで、この人形ばさっさど直せ。釘の二、三本もぶっ込んどきゃ何とがなる。壊したらお前 (め) ハァ、プールん中さ叩っ込むがらな! 終わったら工具はステージの下さ放り込んどげ。あど、足軽 来たら必ず二階 (うえ) さ来させろ。いいな」
歩き出した螢の背中に、卓也が囁いた。
「一子は?」
「曜子と先に行ってます」
卓也は一瞬立ち止まって瞑目した。こいつは、荒れる。
僅かに歩調を緩めた螢は卓也に何か言おうとした。しかし先を歩いていた工藤が階段の前でこちらを見ているのに気付き、黙って足早に階段へ向かった。
その時三人は全く同時に気づいた。練習も終盤に入ったこの時間に至るまで、安川一子の名を口にした者が今日まだ誰もおらず、彼女が練習に来ていることにさえ誰も気づいていなかった。
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1年ぶりに短編書きました。 [お知らせ]
約1年ぶりに短編を一つ 書き上げました
一年ぶり と言うより
あの運命の 3/11以降
初めて 完結させた物語です
小説を書く 心の余裕など
一切持てない 日々が続きました
いかなる荒唐無稽な 小説さえも描き得ぬ 運命に
もてあそばれ始めた 予測不能な この国の明日
そして 次第に
その 信じがたい無策ぶりが 明らかになってゆく
子供の想像力さえ持たず 右往左往するばかりの
この国の 指導者たちに対する 戦慄さえ伴った不信
そこにはいかなる意味の “美”のかけらもない
いかなる物語も 描き得ぬ
醜悪な むき出しの 恐怖だけがありました
それでも
僕の頭の中には
やがて 物語の種が
幾つも 芽を出し始めました
しかし
それが この3/11以降の
既に 未曾有の恐怖を知ってしまった 世界にとって
一体 何の意味があるのか?
僕は ひどい自己嫌悪に陥りました
逃避と依存のために 書くのか?
いや そもそも
自分自身に とってさえ
自分の 書いているものは
自らが 逃避する場所にさえ
なりえないではないか
挙句 僕は
自分の
頭の中にあるものに
嫌悪感さえ 抱くようになりました
陸続として報じられる 不吉なニュースと
脳内の 陰惨なイメージが
破滅的に 共鳴しあい
絶望だけが 膨らみ
物語を書く 気力が絶えてしまったのです
しかし今
ようやく
こうして 一つのつたない物語を
まとめることが 出来ました
これは とても悲しいお話です
しかし
書かずにおられませんでした
そして 僕はあえて信じます
たとえ 理由がわからずとも
僕にとって どうしても必要であったことは
きっと ほかの人たちにとっても
必ず
何がしかの意味を持つであろう と
震災で 自分を犠牲にして
見ず知らずの 人々を救った
名もなき英雄たちの 伝記から
何かを 受け継いだかのごとく
一時は 自分の存在意義を見失い
沈黙を余儀なくされていた
各界の 表現者たちも
少しづつ 息を
吹き返し始めたようです
結局 すべての人は 自らの役どころと
信ずる所を成すことで
この世界を 豊かにしてゆくのかもしれません
長文 失礼いたしました
黒瀬 硅 (カ ラ ス)
“有明 (ありあけ) の家”
【第16回】 視 線 (その4) [第2部]
影、つどう 〈第16回》
-視 線 (その4)-
BGM アラン・パースンズ・プロジェクト
“アッシャー家の崩壊” より Ⅳ・パヴァーヌ
▲
今、校舎は獣のような眠りについた。
人の姿が消えると同時に、前世紀そのままの寂寥に満ちた外の夜気が校舎に忍び入って来た。
そして夜が更けるにつれ、廊下や教室に電子錠で閉ざされていた闇は、次第に屋外を満たすそれと同質のものに変わっていった。
本格的な木枯らしの季節までは僅かに間があった。
この時期、風は北からではなく、遙か西に秀峰を連ねる奥羽山脈の前哨をなす樺山山地を吹き下る。人々が家に帰り着くころ、風雪にねじ曲がった赤松の枝々が叫び始める。
山肌を一気に駆け下り、浄善寺ヶ原へ雪崩れ込んできた夜風たちの、荒びた狂宴が始まるのだ。
校舎の裏に広がる草原を雨混じりの夜風が叩くと、薙ぎ倒された薄(すすき)の群落が一斉に身悶えた。天井の高い廊下は真っ暗で、消火栓のランプだけが暗い埋もれ火のように廊下のそこここを照らしていた。しかし東側の体育館にはまだ煌々と明かりが灯され、校舎の中でそこだけはまだ、規則正しく時が流れていた。
「どうして?」
中屋敷鏡子は叫んだ。
「あなたたちは、どうしてもっと高いところから自分たちの境遇を見つめようとしないの!」
叫びが天井の高みに呑まれると、暗がりに張り渡された鉄材の微かに震動する気配が床板にまで伝わってきた。
体格の良い藤森美幸がふうむ、と頷いて腕組みをし、森美江と佐々木勤が声もなく顔を見合わせた。
二年の美江と一年の佐々木は両方とも小柄で、特に今回端役と大道具係を兼任する佐々木勤は、隣で腕を組んでいる美幸より5㎝も背が低い。一方の美幸は二年生で、大柄な体とふっくらした頬を持ち、男子部員が慢性的に足りない三高演劇部では入部以来人の良い中年男や少々鈍い若者の役ばかりをやらされている。
俯いて考え込む美幸に、すかさず鏡子が指を突きつけた。
「権三。あなたはどうなの? やまいに伏せっているおっ母さんが心配じゃないの? でも領主さまに代わって私達が、私達の手で政治(まつりごと)を行うようになれば、病人やお年寄り、身寄りのない人たちが安心して暮らせる様になる。この国はきっと変わるわ。必ず変わるはずよ!」
「そう、簡単に行くべがなあ?」
のんびりとした口調で美幸は呟いた。わざと間合いを外したスローモーな台詞回しは、意志的で歯切れのいい鏡子のそれと、見事な好一対を成していた。
「それにおら、とてもじゃねえがまつりごと、なんちゅうがらでねえしなあ‥‥‥」
捉え所がなく茫洋としていて、普段はあまりものも言わずにこにこ笑ってばかりいる美雪に対し、主役を演ずる中屋敷鏡子は品の良いほっそりとした娘で、控えめだが聞く者の耳に心地よい簡潔な口調で話す。演劇部では副部長をつとめ、部長の螢とはクラスメートでもあり彼女にとって最も頼りになる片腕だった。
鏡子は舞台の中央に進み出ると両手を開いた。
ゆっくりと首を上げ、夢見る様なまなざしを虚空に馳せて語り始める。
「貧しい者の気持ち、搾取される者の悲しみは、そうされた者でなければ決して分かりっこない。殿様とお百姓は憎み合うだけ。永遠に変わりっこないわ。何一つ」
ここで鏡子は床を蹴り、ぱっと振り向いて美幸に人差し指を突きつける。ジャンプ気味に身を躍らせるのは、鏡子自身の発案だった。
「でも、それならあなたがこの国を治めればいい! あなたが、そしてわたしたち全てが国の掟を作るの。お侍も百姓もない、みんなで力を合わせ知恵を集めて、共に働く者同士がこの国を動かして行くのよ。そうすればあらゆる貧困や矛盾はこの国から消えてなくなる!」
凛、とした声を響かせて鏡子は小さく、しかし渾身の力を込めてダン! と床を踏み鳴らした。
「いつの日か。いつの日か、きっと、そうなる!」
叫びが足音の残響と混じり合って不思議な和音となり、木霊を残し消えた。
一瞬の沈黙の後、全員が溜息混じりに姿勢を崩した。
「はあい。ごくろうさま! 4分27秒」
バスケコートのセンターホールに立った螢がいつものようにパン、と手を叩いた。運動着には着替えず、冬服のセーラーのままだ。
螢はにっこり笑って舞台上の鏡子に親指を立てた。鏡子も笑い返し、日本風に整った顔を恥ずかしげに俯けた。
はっきりしない理由で主役を降板した安川一子の後釜に抜擢されたばかりの頃は、目も当てられない棒読み棒立ちをしていた鏡子だが、最も親しい友人でもある螢の親身な演技指導により、この半月で見違えるように豊かな感情表現を身につけつつある。
短い三つ編みにした栗色の髪を閃かせ、森美江が乱暴にステージからホールへ飛び降りた。後から鏡子がおっとりした動作でホールの床に降り立つ。佐々木勤は両腕を上げて生あくびをしながら上手へ消え、舞台に一人残った美幸はしばらくステージからホールの床を見下ろして考え込んでいたが、やがてこくん、と頷いて下手の箱型階段の方へ歩き出した。
「ねえ先輩」
不器用な仕草でのこのこ後を通って行く美幸をやり過ごしながら、階段に座った下斗米(しもとまい)悦史はくすり、と笑った。
「全く誰が書いたのか知らないけど、ここらへん昔の全学連丸出しですね」
悦史と並んで座っていた卓也はちらりと腕時計を覗き、BGMの音出しのタイミングを計算しながら答えた。
「ああ、それもよっぽど派手に暴れで、まともに挫折した奴なんだべな。なんせ後さなっと きく はまるで重信房子だおん」
ボールペンをパチリ、と鳴らし、卓也はメモ帳を閉じた。
一年生の副部長を務める下斗米は大学教授の一人息子で、少々ほかの一年生たちとは毛並みが違っていた。途方もなく頭の回転が速く、中学生気分がまだ抜けない同級生からは“ハカセくん”と仇名をつけられているが、所属する放送委員会のひねくれた連中は彼を宮さま、と呼ぶ。
「しかしなんぼなんだって、こったな時代劇で搾取はねえべや。搾取は」
「そんな事言ってたら、切りないですよ。階級だの連帯だのってマタギの娘のくせにまるで民青‥‥‥」
その時、何か重大な過ちを思い出したように、卓也ははっ、と首を上げた。
細めた眼窩の奥に微かな怯えの色を浮かべ、下斗米の頭越しにゆっくりと上方を見やる。
――いる。たしかに。
下斗米の端正な顔に、微かな困惑が浮かんだ。
「どうかしましたか?」
「いや」
卓也は台本に目を戻した。
「何か、聞こえますか?」
軽く肩をすくめる卓也の頭上で、耳障りな摩擦音がした。
ざりっ‥‥‥
高みから、見下ろすものがいる。
舞台全体が何者かの視線に捉えられている。
何故か、卓也にはそれが分かった。誰も気づいていない。
それがどのような視覚と視野を持っているのかは分からない。
しかし、放たれる視線には悪意も作為もなかった。なにものかはただ愚鈍な興味だけでもって、視野に入るすべてを 記憶 していた.
何一つ見落とさず、しかし目にするもの全てに、視線は何一つ意味を見出してはいなかった。
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第二部 扉 (これまでの物語) [第2部]
第二部 “日暮れてのち”
僕に会いたい というのなら
こう 伝えてくれ
すぐに会える と
会うには もってこいの
そして
街の外れには 暗闇がある と
【第15回】 視 線 (その3) [第1部]
-視 線 (その3)-
BGM イル・ヴォーロ “朝の目覚め”
▲
柳並木の向こうを坂越三高の生徒たちが三々五々、連れだって歩いて行く。皆通学コートか、同じようなスタジアム・ジャンパー姿だが、中には運動着の上に通学コートを羽織り、ジャージの裾を風にはためかせながら歩く少年もいる。
「聞きしにまさるお坊ちゃん高校だね。坂三ってのは」
運転席に座った紺のスーツの男が、暗がりでがっしりとした顎に微かな笑いを浮かべた。
「いくら学校が生徒に無理やり旧制高校風のバンカラの真似やらせても、所詮はまだ新設校の部類だ。妙に品がいい」
「んだねえ」
物憂げに答えた女は、背をぴん、と伸ばして後部座席にもたれていた。女にしては逞しい長身で、高い頬骨の上に、濃い茶色をしたフレームの眼鏡をかけている。
「目がみんな綺麗だァ。ここからでも分がるよ。一年の娘なんかみんな垢抜けないしあどけないし、食べちゃいたいくらい可愛いねえ」
声こそ笑っているが、語尾がかすれ微かに震えていた。
微笑んだまま眼鏡を外し、目をつぶって女はうっすらと汗の浮いた額を拭いた。
「こったな純朴な娘ッコたちの園さ、あんな――」
「見える?」
男が、優しいのに不思議な威圧を感じさせる声で言った。
大柄な女はモスグリーンのハーフコートのボタンを外し、首筋に風を入れた。
「ああ。でも――どうもおがしィよ」
「普通じゃないことは君も先刻承知だろ。そもそも君の言う あいつ なんてものが存在する事自体がおかしいじゃないか」
「違うの。今こうして改めで見るとあだしハァ、あそごにいるのが あいづ 、と言えるがどうが確信が持てなくなってきたんです。どうも、あたしの思っていたようなものじゃない。あれは」
言葉が論理的になってゆくにつれ、息が少しづつ荒くなって行く。長身をシートに横たえるようにして女はリア・ウインドに首を向けた。闇の中で淡く光る伸びた首筋に、どこか幼さが残っていた。
声や筋肉の張りからすると、格好や雰囲気より遙かに若いのかもしれない
車は用水路にぶつかって途切れる畦道の真ん中に停められていた。
そこからだと木々や家々、丈高い薄の群落に視界を遮られず全景が見渡せるのだ。靄のかかった窓にオレンジ色の照明が滲む、坂越三高の体育館が。
「闇、が見えるよ……只のまっくらやみ。ね、ブラック・ホールって聞いたことあるでしょ? もしも本当にあっとしたらハァ、きっとあんな風なんだろうな。おかしいよ。突き当たりが、見えないんだもの 」
「終わりの見えない闇か――確か、あの本にあったな。“名なしの衆”の一人がこの辺の農民といざこざを起こしてさんざんにいたぶられた時、こう言って開き直ったそうだ。『上の谷地頭』 と 『下の谷地頭』 は祠(ほこら)同士が・・・」
つぶやくうちに男は自分一人の思いに没入していた。不意に後部座席で女が体をねじ曲げ、男が振り返ると女は窓に額を白くなるほどきつく押しつけていた。
「何か、いる」
「何だって?」
男の声が微かに動揺し、語尾がひどく生真面目な響きを帯びた。あるいは男のスーツもまた、年齢をごまかすため着てきた父親のものかも知れない。
「あの闇の中さ、何か たごまってる! 白い、大っきな……あっ!」
小さな声で叫ぶと女は首を背け、叩きつけるようにシートに顔を埋めた。
しばらくの間女はシートに額を押しつけ、目をつぶり体を強張らせたまま微かに震えていた。
男は隣の席から腕を伸ばしてその背中をさすろうとしたが、不意にに手を引っ込め前を向いた。
ハンドルに両手を乗せ冷静を取り繕い、少年は言った。
「何を見たんだ、なんて事は言わない。でも、それだけ恐ろしい代物なんだな。敵は」
「正気で言ってるんですか? 敵って、あなた本当にあいつとやる気なの?」
「味方じゃない事だけは確かだろう。なら敵だよ」
何でもないように言うと、少年はポケットを探り、封を切ってないガムを取り出した。
「いい?」
女の息はまだ荒かった。もう一度眼鏡をずらし、女はハンカチでまだ若い少女の地に戻った顔の汗を拭いながら囁いた。
「知っての通りあたしは子供の頃から、話したって到底信じちゃもらえないものば散々見てきたよ。大概の突拍子もない姿をした屑どもには免疫があります。でもね。それでも、そのあたしにだってどうしても我慢でぎないものがあるってこと、分がってもらえる?」
「タエさんも女だ、って事だね」
「女だからどう、とか、そったな話はしてないよトモくん」
タエ、と呼ばれた娘の額に怒りの痙攣が走った。しばらくの間何か痛烈な言葉を捜しているようだったが、やがて荒々しいため息をついてタエはどん、と座席に背中を叩きつけた。
「煙草、一本だけ吸わせでもらっていいですか?」
「窓は開けてね」
それっきりタエは半分明けたリア・ウィンドに顔を寄せたまま、何も言わなかった。
これで敵の正体はかなり絞れた、と少年は思った。
いや。しかし待てよ。
確か谷地頭(やちがしら)って地名は、南下してきた名なしの衆がここにたどり着いた後につけられたんじゃなかったか?
つまり 語源がアイヌ語じゃない って事だ。とすると。
少年はしばらく苦々しい表情で、不自然に老成した頑丈な顎をハンドルに乗せていたが、やがて彼も大きく伸びをしてシートに身を投げ出した。
――考えても仕方ないか。どの道イメージのシンボルなんて、世界中どこでも大差は無いし。
その時不意に、目も眩むような赤光がフロントグラスに溢れた。
少年は体を起こし、娘は驚いた猫のように振り向いた。
まだ陽は沈みきっていなかった。
樺山山地が南で途切れる辺りに聳える独立峰権現岳の稜線を、雲間から一瞬射した夕映えが灼いたのだ。
雲の奥より山の北側に断末魔の夕映えが落ち、溶けた鉄を流したように斜面が燃え立った。同時に『家路』のチャイムが野面を打って破鐘のように轟き始めた。
一分と経たぬうちに茜色は闇に溶け去った。やがて再び静かに雨が降り始めると、助手席でタエがふーっ、と吐息をつき、ようやく一本目の煙草に火をつけた。
続く
【第14回】 荒れ野を追われしもの [第1部]
-荒れ野を追われしもの-
BGM BO HANSON “At The House Of Elrond”
卓也は三浦の傍を離れ、再び窓辺に歩み寄った。
古ぼけた窓硝子は息がかかると一旦白く染まってからたちまち透き通り、消え失せたように全くの透明となった。
窓から外を見ると、コの字型に連なる校舎に囲まれた中庭を真上から見下ろすことが出来た。青い鉄板を平たく葺いた、どこか田舎風な屋根を連ねる駐輪場や、風に揺れながら雨雲に向かって突っ立つ金属製の旗竿は、早くも基底部から暗がりに沈み始めていた。
水位を増してゆく夕闇の底で、時折雨に叩かれたコンクリートが死にかけた螢のように瞬いた。雨音は全く聞こえなかった。
「そもそも親父さん、何ば調べでらったのよ」
校舎を取り巻く日暮れ前の蒼茫に目を馳(は)せながら、卓也は静かに言った。
ちら、と目を向けると三浦は本に目を落としたまま、何か嫌な事を思い出したように苦々しげな顔をしていた。そして卓也は気づいた。
三浦は先ほどから同じページを凝視している。
やがて丁寧に本を閉じると、三浦は声を落とし、言った。
「おめ、『名なしの衆』って聞いたこと無(ね)ぇが?」
卓也が窓辺で振り向くと同時に、中庭の真ん中で水銀灯が不整脈を起こしたように瞬き、灯った。
「名なしの衆、だど?」
その言葉は卓也の心の隅々にまで、まるで古井戸に大きな石が落とされた音のように鈍く響き渡った。
――何だった? 『名なしの衆』と言うのは。そうだ、俺が大昔、際限もない空想の中ででっち上げた名前じゃないか。いや、その言葉を思いついたのは、果たして本当に俺だっただろうか?……
窓から水銀灯の明かりが差し入ると、部屋の隅々に潜む暗がりが不意に小さな夜闇に変わった。 既に時刻は夕刻にさしかかっていた。
いつの間にか色艶を増した蛍光灯の光の中で、三浦の目にいつものふてぶてしく憎めぬ笑いが僅かに蘇っていた。
「ああ。家(うづ)ハァ小三の時に、4号線の向ごうっ方がら越して来たのシ」
「進藤か螢。んでねば三組の田代あだりだば親がら何か聞かさってらがもしんねえ。谷地頭集落のことは」
三浦の足許から顔へ、卓也はゆっくりと視線を持ち上げた。
「立ち入った話さ入る前に、一つ確認させで欲しいんだどもよ」
三浦との奇妙な心理的駆け引きを再び始めている自分に、卓也は気づいていなかった。
「米代川づうのハァ――橋のない川、だったのが?」
言葉の意味が通じなければ、この場で席を蹴ろうと思った。そしてその足で職員室へゆくつもりでいた。事がこじれれば一大事になる。蛇昆が気づく前に手を打たねばならない。演劇部顧問の小室先生なら、強い味方になってくれるだろう。
だが三浦は答えに窮した風もなく、苦々しげに舌打ちして腕を組んだ。
「まったぐ、毎度毎度真顔でギャグかましやがって。――さっきがら何度も言ってらえんちぇ。谷地頭ってよォ」
「だがら意味分がんねえって」
「馬鹿この! 総領谷さはちゃんと谷地頭、づゥ番地があった、つってらんだべや。まだ分がらねってが!」
卓也は絶句した。馬鹿馬鹿しいほど激しい安堵が全身を蕩かして行く。いや安堵した、などと言う綺麗ごとではない。襲ってきたのはただの不毛な脱力感だった。
だが卓也の目の前に座っているのは彼とは別次元の、しかし程度の大して変わらぬ大馬鹿かも知れないのだ。少なくとも高三の十月にもなって、足を突っ込むにしてはあまりにたちの悪い泥沼に嵌(はま)っている点では二人同様だった。
「国有林は『名なしの森』でねェ。正式には『七支(ななし)森』って呼ばれでる。ほれ、総領ダム出来た時に人造湖さ『八瀬湖』って名付けたのハァ、米代川ど7つの流れが合流する湖って意味でよ。その7本のちゃっけえ川が中ば流れでる森、ってのがあの国有林だァ。ちなみにそのうちの一本がほれ、校舎の裏流れでる宇賀神川よ」
卓也は小さくあ、と声を出した。確かにいつも通学に使っている『県道』が長幡に入る手前に、道の下を通って北側の雑木林へ消える急な流れがある。言われてみればあれが宇賀神川だったのだ。
「その辺も調べでらったのが。親父さん」
「ああ」
「親父、谷地頭さだげは手ェ出すべぎで無(ね)がったんだ。変に深入りしねえで、おどなしぐ掃門八社の写真でも撮り歩いてればいがったのよ」
「何故(なして)よ」
三浦はパイプ椅子から音もなく立ちあがった。
「おめ。うづの親父どお袋、何故(なして)名取さ移ったが分かるが? 親父は宮城で私立校の仕事さ就いだ。公立の教師ばやってらんなぐなったのよ」
見ると三浦は息をのむほど悲しそうな顔をしていた。いかつく豪放な輪郭を持つ顔面がそのような弱々しい表情を浮かべるのを、卓也は胸を衝かれるような驚きと共に見つめていた。
「卓よ。谷地頭は確かに無(ね)ぐなった。んだども、そごさ住んでらった連中――人達(ひとだづ)まで一緒に水の底さ沈んだ訳じゃねえんだ」
卓也は何も答えなかった。返事のしようがなかった。
「んでもハァ、そうなればいいと心底思った奴が、一人二人じゃねがったのも確かだけどよ」
なまじ戸籍を持っていたせいで、だろうか?
「その証拠にダムが出来た途端、あそごさ昔人が住んでらった、なんて話は一切誰もしねぐなったべや」
自分の言葉に辟易したように、三浦の語りは次第に暗澹とした響きを帯びてきた。
「そして市も県も、公文書がら時間かげで谷地頭の地名を抹消して、後々意識的にやった、つってやり玉に挙げられねえように、ほんの一部の誰も見ねえような資料さだげお義理で集落の記録ば残したのよ。そしてお国はそのへんの一切合切ば黙認した」
卓也の両親も、公務員としての立場を考えれば当然谷地頭集落に関しては知っていたはずだ。決して口に出してはいけない周知の事実と言うのは、この世に幾らでも存在する。しかし卓也の両親にとって、口にしてはならないこととは存在しないことなのだ。
いつしか卓也は再び、お馴染みの堂々巡りの思いに囚われていた。頭蓋の裏側――そこがどれほどの広さを持つのか、想像もつかなかったが――のあちこちで、甲高い苛立った声が幾つも泡立ち始める。
……これは大人の話。あんたには関係ないの……何? 大人の話さ首突っ込んで来て……あんたにはまだ早いんだァ。そったな事よりハァ、大学さ入る方がもっと大切じゃないの……あいやぁ、まだそったな変なテレビ見で! ……卓也。あんたハァ、今一番大事な時期なんだよ。勉強は……
知るものか。
ああ、まったく俺は今まで一体どれほどの、人生にとって本当に大事なことを知らずに育って来たのだ。
お袋。世の常識のきっかり半分しか知らない年老いた聖少女。そしてそのお袋とあの親父なら、、そんな恐ろしい場所の話など口が裂けても子供の前ではしないだろう。
常識と呼ばれるものの残り半分である、大っぴらに語られぬ人間社会の本当に生々しい真実から、死にものぐるいで目を背け続ける疲れ切った善男善女。
「卓――おい卓也!」
三浦は腕を組み、こちらを向いて揶揄するように笑っていた。
「ちょっとこっちさ来(こ)。話しづらくてしょうがねえ」
「――ああ」
卓也は目を細めて頭を掻き、窓を離れた。
「ほれ。ちょっとここのページば読んでみ」
三浦はぶっきらぼうに、手にしていた薄い本を卓也に突き出した。
南山堂の栞が挟まれたページを開くと、説明のつかない懐かしさを覚える臭いが鼻を衝いた。
旧城下より米代川南東に下ること一里半、坂越牧堀大門の三村その境を接する総領谷に谷地頭在り。戸数十軒ばかりなるこの集落は、漁猟(すなどり)と僅かばかりの田畑にその生活(たつき)の道を求む。村に邪宗在り。村のもの弁財天を篤く敬えど、その信仰は他に類似するものなし。村の筋家のもの御一新前は巫術をよくし、隆盛の頃は三村のみならず樺山城下より夜半かの谷を訪れ巫蠱の力を借りんとすとするもの引きも切らず。近郷のもの彼らを恐れ名なしの衆と呼べり。 御前みずから語るところに依れば、源吉翁また血気のころ同村をしばしば訪れ種々(くさぐさ)の恩恵を受く。隠然たりとは言えかほどの威勢にもかかわらずかの集落賄(まいない)をむさぼることなく、莫大の蓄財の噂あれどもその暮らし古来より変わらず細々たり。瓦解の後は草深き幽谷にも開化の光さし入り、巫術も次第にその効能を滅す。しかし数多(あまた)歳月を重ねど村人の暮らし向きは変わらず、清貧に耐え、集落を出でて外にたつきの道を求める者も多からず。かれらこそまことのひじりなりきと御前おりにふれ笑いて語る。『馬喰御前夜話』 其の七
狐狸その他のけもの、山川草木の精、死者生者の霊威、家の盛衰にまつわる前兆。て説明のつかぬ山中の怪異。更に現代なら騒霊(ポルターガイスト)、ラップ現象と呼ばれる怪異譚は、浄善寺ヶ原はもとより掃門領の中心たる樺山や坂越、大沢と言った都市部から採取されたものも多かった。そして驚くべきことに、そのほぼ全てが卓也の聞いた事がない話だった。
「おめハァ、殆ど病気って位(くれえ)この手の話好きだよな」
三浦が言った。
「松谷みよ子や柳田国男の貸し出しカードさは、大概お前の名前入ってらしよ。――んだどもさしものおめもハァ、こんだげの昔話がこごら一帯さ眠ってるなんづう話は初耳でねえのが?」
「んだな。観光土産のちゃっけえ絵本さも、こったな話ッコ一つも載ってねえ。そもそも何よこのべらぼうな数は。こんだげの話が何故(なして)残ってねえ。坂越市は文教都市でねえのが?」
卓也は絶句した。同時に卓也の脳内で、あるスイッチが入った。
半ば無意識に間抜けのふりをしながら状況を把握するのは、常に男女を問わない同級生の様々なグループに敵視され、いつ足をすくわれるか分からない学校生活を無事にやり過ごすため身についた、卓也の奇妙な処世術である。
――時に彼は、それを自宅にいる時にさえ用いねばならなかったが。
「そして、こごさある本のうち市場さ出回ってらった奴は、殆ど同じ時期にさり気なく次々絶版さなった。もどもど大して売れでらった訳でもねえがら誰も気づいた訳でも無(ね)がったんだどもよ」
「それさ気ィついだ数少ねえ人間の一人が、おめの親父さんだった 訳だ」
三浦は一瞬口を噤み、奇妙な目で卓也を見た。
そのままの目つきで三浦は続けた。
「こごさ置いだ本は大して売れそうもねえ代物ばがりだが、むかし樺山の私立図書館さ結構所蔵されでらったらしィ。何つっても郷土の出版物だがらな。んだどもそいづらも丁度同じぐれえに姿ば消してらんだ」
「同じ位のころ?」
「ああ。1950年頃だ、つってらった。丁度、総領ダムの建設計画が発表されだ頃――」
「今、つってらった、つったなお前」
間髪を入れず、卓也は突如攻勢に出た。
「誰が そう言ったのよ? お前、誰の話ば聞いだ?」
三浦はわずかに顔を上げ、目を細めて卓也を凝視した。
机に『馬喰御前夜話』を置くと、卓也はロードマップを手元に引き寄せた。
「おめ、この地図さ付けられでる丸印の意味が分がらねェつったが、親父さんが関わってらったのがが『名なしの衆』とやらだば、おのずどハァ想定される答の一つ二つ位(ぐれェ)、出でくんでねえのが?」
気怠く細めた三浦の目の奥には、微かに取り憑かれたような熱っぽさがあった。
「総領谷さ二重丸着いでる時点で、もうハ他の場所も『名なしの衆』と絡んでらの位誰さも想像つぐべや」
お前、俺ん所(どご)馬鹿にしてるのが? と言う罵言を、卓也は横隔膜で胸の奥へ押し返した。
「ならばよ。火野」
三浦は卓也を苗字で呼んだ。
冗談が一切ない話を始める合図だった。
「お前だったら、何だど思う? 羽角農場ど坂越三高(さがさん)、そしてこの国有林さ付けられだ印は、『名なしの衆』の何ば意味してるど思うのよ」
「本当に分がらねェのが?」
そして長い長い、1分以上にも及ぶ沈黙の後、卓也は吐き出すように呟いた。
「羽角の一家は、馬喰だべや」
三浦は全くの無表情だった。必死に表情筋を動かさずにいるのかも知れなかったが。
「それど、こっちの印は」
そう言って卓也は、見竹町の広大な藪地につけられた赤丸を指さした。
「後になって俺方(オラホ)の高校がこごさ出来る、どが親父さんが知ってらったがどうかは問題でねェ。問題は その前にあった もんだろうが」
相変わらず三浦の表情に変化はない。しかしその無表情そのものが、卓也の言葉を最初から予想していた証拠のように思えて来た。
「この坂三さは怪談話の類(たぐい)が一つもねえ。ただ、それさ近い話ば俺、一つだげ進さんがら聞かされた事あるゥ。三浦、おめェもあるんでねえが?」
「いいや」
相手が自分よりよく知っていると思われる話を、敢えて事細かにしなければならぬ時の気まずさに耐えながら、卓也は感情を抑え淡々と語った。
「校庭の向こう流れでる用水路は、この校舎が出来る時に俺方(オラホ)の敷地ば迂回するよう改修されだのよ。フェンスの向こう側で終わってる畦道あるべや。昔あれハァ、ずっとこっち方(かだ)まで続いてらったんだ。そして道の突き当たりさ昔、ちゃっけえ祠があったそうだ。丁度バックネットの裏あだりらしいども」
三浦は小さく鼻で笑った。
「それのどごが怪談よ」
そして卓也の言葉には、それ以上の接ぎ穂がなかった。どこが普通ではないか、と問われれば返す言葉がない。しかし、そんな場所にいつとも知れぬ昔から神を祀る場所があったのは、やはり何とも言えず奇妙だった。
腕組みをして足を交差させた三浦の笑いが、次第に喉を揺るがし始める。
「確かに羽角農場は馬喰で、何とか言う爺さんの同類かも知れねェし、おめの言う通り校庭の端っこさ何があったのかも知れねェ。んだどもそれが何ちょしたってよ。で、結論は? その心は? 座布団一枚松崎真さ運ばせっか?」
明らかに挑発だった。
次第に三浦の意図が朧気に分かり始めた。自分の手にした手がかりを他人に見せ、相手がどのような結論に達するかを試そうとしているのだ。
三浦は推論の果てに既に何らかの、恐らくはひどく不吉な結論にたどり着いている筈だった。そして卓也が自分と同じ答えにたどり着くのか、あるいはそれとは違った、自分の予想していなかった解答を見いだすのか、それを探ろうとしている。
しかし、一体何故そのようなもって回った事をしなくてはならないのか?
「卓よ」
尚も奇妙な笑いを含んだ声で三浦は言った。呼び方が火野、から卓、に戻っている。
「それで最後の印とかけて何ととく? この杉林の真ん中さ何があるづうのよ?」
そこは一般に『県道』と呼ばれる春日沢・藪沢線の、米代川を渡って樺山市へ至る総領ダム堰堤道路入り口から僅かに離れた深い森の奥だった。無論人の手による施設など今も昔もなく、そもそもそこに至る道そのものが無かった。
――待てよ、本当に存在しなかったか?……
卓也は愕然とした。
そうだ。
あれは、夢などではなかった。
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次回が最終回です。
【ホラー連載】 三 猿 - さんざる -
http://amba.to/tHtL1q
一(ひとつ)、 警備員は 常に親切・丁寧な言葉遣いを心がけ、いかなる場合にも円滑な意思疎通に留意すべし。 また 非常の際にも冷静な口調を保持し、歩行者や運転者の的確な誘導につとめねばならない。 そして状況報告は簡潔を旨とし一切の私情を挟まぬ事。
……しかし真によい警備員の発言は、時に愚鈍を装い、場合によっては己の精神的欠陥を 疑われても尚、機械的でさえある合理性に貫かれていなければならない。
そして警備員にはある極めて特殊な状況において、この世界そのものに対する守秘義務の遂行が課せられる場合がある。
ライブやります [お知らせ]
“大 鴉 - れいぶん -” として
ライブやります
自分のやっている事を
少し見直す時間が欲しいので
これが終わったら ライブ活動しばらくお休みします
いつにも増して 全力でやりますので
是非 おいで下さい
10月11日 火曜日
無力無善寺
http://homepage2.nifty.com/muzenji/index2.html
ライブ宇宙ステイション op/6:30 st/7:00 1ドリンク付1000円
1・大 鴉
2・加藤順一
3・ババカヲルコ
4・本田ヨシ子
5・Mr.Whisper.Z!
6・無善法師(56億7千万年後弥勒菩薩)
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一(ひとつ)、 警備員は 常に周囲の言葉に耳をよく傾け
情報を 取捨選択し
状況の 正確な把握に
努めねばならない。
……しかし
真の警備員を 志す者は
言葉よりも 沈黙に留意し
言外の 意味するところを
正確に 察知しなくてはならない
しかし 決して
沈黙の 意味するところに
耳を 傾けてはならない
http://ameblo.jp/dawachan09/entry-11020637021.html
――木枯らし吹き荒ぶ田園に展開する、闇と光の青春群像。





